代表者プロフィール

代表者のプロフィールのご紹介をさせてください

代表者(崎田 和伸)のプロフィールをご紹介させてください。
挑戦したこと、失敗したことを一つひとつ書いていたら、短文では収まりませんでした。
長いですので覚悟して読み進めてくださいm(__)m 本当に長いです。
最後まで読んでくださったあなたとはご縁があります(^^)

代表者プロフィール

氏名

崎田 和伸(さきだ かずのぶ)

生年月日

昭和48年5月

所属

所属:あすみあ創業サポート行政書士事務所 
※あすみあの由来は「明日見歩」です。明日を見て歩いてゆく、です。

〒732-0052 広島市東区光町1丁目11-5-925

電話:070-8538-8739(花咲く)

役職

代表行政書士

その他

一般社団法人あすみあグループ 理事
行政書士法人 Asumia 会長(行政書士登録は上記の行政書士事務所です)
Quara(実名制Q&Aサービス)回答者
Tiktokチャンネル 前向きに歳を重ねたいあなたのための智慧チャンネル主
Youtubeチャンネル【社長成幸論(経営者成幸論)】 チャンネル主
心理マーケティング協会発起人、理事
全国行政書士法人会 理事、事務局長

資格

行政書士(広島県行政書士会所属)
メンタル心理カウンセラー
ビジネス法務エキスパート(ビジネス法務実務2級)
情報処理技術者試験(ITパスポート)合格
個人情報保護管理者(認定CPP)
著作権相談員(日本行政書士会連合会登録)
初級ウェブ解析士(試験合格)
管工事系の資格(20年以上前なので、資格名、忘れてしまいました…)

とても長いプロフィールなので、まずは「3つでまとめ」をさせてください。

(1)性格的に「立ち上げ屋」です。世の中に無いのなら作ってしまえばいいじゃないか、という思考回路になりやすいです。
ただ…立ち上げは得意ですが、その後の「緻密でスムーズな運営」というものは苦手です。従って(2)へ…

(2)私自身、「経営面」では失敗が大部分を占めます。「事業として」成功したものは少ないです。だからこそ分かるものがあります。(負け惜しみ?)

(3)起業家として、経営者として試行錯誤し、失敗を克服し続けた「自負」はあります。この自負だけで生き残っています。
あれ?1~3の全部、良いことは入っていませんね・・・。

以下、時系列です。長いプロフィールになるかもしれませんが、お付き合いくださいm(__)m

1973年5月

広島県三原市糸崎町にて生まれる。
5歳くらいまで糸崎町で暮らす。
糸崎港とその付近で、祖父と釣りをしながら育ちます。

1979年4月

父の転勤の関係で、広島県府中市広谷町へ引っ越し。
わかば幼稚園(若葉幼稚園)へ入園。
卒園後は、府中市立旭小学校に入学。

1984年4月

父の転勤で、広島市南区段原新町へ引っ越し。※段原再開発で町名は消えました。
同時に広島市立段原小学校へ転校。部は水泳、サッカー。どちらも長続きしない子供でした。

1986年4月

広島市立段原中学校 入学。
所属はテニス部。死ぬほど練習。
まじめな学生にもかかわらず(?)、ヤンキーの友人が多かったです。

1989年4月

広島市立基町高等学校 入学。
Boowyのカバーバンドをやっていました。ベース担当
若気の至りで、「東京さ昇るだ」と息巻いておりました。
※ちなみに、当時のバンドのギター担当が、私経由ではなく別ルートであすみあグループの中に入ってきてくれました。ご縁とは不思議。
この頃、広島市南区翠町(みどりまち)へ引っ越し。

1992年1月

京都の、とある大学を受験。
合格していると確信して京都へ行き、住むために「ここいいなぁ~あ、ここもいいなぁ~」と
不動産会社を巡りながら大学の発表掲示板へ。
結果は不合格
失意のどん底で、帰りの新幹線に乗る。回答チェックもせず思い込む、アホです。
この頃、実家の転居と一緒に広島市安佐南区長束西に引っ越し。

1992年4月

広島経済大学 経済学部経営学科 入学。

1996年1月

経済学部にも関わらず、卒業論文は「ナルシズムと対人関係」
自己愛性人格障害と対人関係への影響について本気で書きました。
心理学部のある大学へ行きたかったのだと、その時、やっと気づきます。(だが行かず)。

1996年4月

クラタ空調機器株式会社 入社。
岡山営業所 配属。岡山県岡山市北長瀬本町在住
家電量販店(現:エディオン)へのダイキンエアコン、ダイニチファンヒーターのルート営業。 (卸売販売)

岡山県内約20店舗を担当。土日なく働く。
ある店舗では当時無名であったダイキンルームエアコンの販売新記録を樹立。
ある店舗では、ダイニチファンヒーターの販売台数一日100台達成。
勤務期間中、営業目標数値を下回ったことはありません(と記憶しています)。

1997年6月

やりがいと楽しい日々だったが、なぜか、心理カウンセラーになるため、同社退社。(当時の上司、営業所の皆さまには、大変なご迷惑をおかけしました)


1997年7月

相当な覚悟をもって退職したにもかかわらず、道のりの困難さを知り早くも挫折。 
将来を考えた結果、レンタルDVD店でフリーターをしながら公務員を目指す


1999年6月

夜間学校に通いながら受験し続けるも、すべて不合格
人生いくつ目かの挫折。 
バイト先の先輩に誘われ、失意のうちに行政書士試験を受ける。


2000年1月

行政書士の結果通知が届くが「不合格なのに通知が届くなんて丁寧だな~」と思いながら、開封せず
※ちなみに、受験した年の合格率は、2.4%(広島県)。1,000人受験して976人が不合格になる試験でしたので、当然、不合格だとばかり思っていました。不謹慎ながら、行政書士になりたくて受験したわけではなかったので、そんなバチ当たりなやつが合格するはずがない、という先入観もありました。


2000年2月

通知の封筒を捨てる前に「念のため開けてみるか・・・」と思い、開封したところ、なんと合格通知
※たぶん、自分を心配しながら天国へいった祖父が受からせてくれたんだと思います。いやほんと、封筒、捨てなくて良かった。捨ててたらずっと気づかないままだったと思います。


2000年3月

少しずつ、行政書士として働きたいと思い始める。
でも行政書士事務所への就職先を探すもゼロ。かなり探しましたが、全くありませんでした。
仕方なく開業を考えるが、周りから「食っていけるものか!」と一蹴される。
自分でも「その通りだよね、そうだよね、ごもっとも。」と思い、一般企業への就職活動を開始


2000年9月

人材派遣会社の社員の最終面接に残るが、なぜか辞退。
周りからもネットでも「行政書士は食えない」と言われた続けたことに対して「だったら食ってやる!」と決意
行政書士登録申請へ。


2000年12月

行政書士事務所設立
行政書士登録費用を支払ったら、銀行口座の残高は数千円
当然、「コネなし、金なし、経験なし」。
あるのは古いパソコン1台とプリンター、そして27歳の自分だけ


2001年1月

初めての依頼は「告訴状作成」。
依頼人さまのため全力を尽くすも不起訴。自らの力のなさを痛感するとともに、行政書士という職業の「人の人生に与える影響の大きさ」に愕然とし、重責を心に刻む。


2001年2月

依頼なし。飛び込み、ポスティング、広告・・・思いつくものはすべてチャレンジしたが、すべてが失敗。
お金が尽きて、健康保険すらない状態が続き、熱が出ても、歯痛でも病院行けず。

どうしても歯が痛かったので歯医者に行くが、無保険・みすぼらしい恰好で、白い目(哀れな目?)で見られる。
あの目は今でも忘れられない。


2001年6月

活動するうちに、ごく少数ながら、手続をお任せいただく企業様出現。
あんな「どこの馬の骨ともわからない若造」に任せてくださったご恩は、一生忘れない。


2001年7月

広島SOHO’オフィス 創設時に入居。(現:ソアラビジネスポート ) ※新しいタブ
場所は広島市西区楠木町。
入居予定者と、ホコリをかぶった床を拭くところから始まり、共同オフィスは立ち上がりました。
当時、共同オフィスというものを、創立時入居者という立場でしたが、ともに入った方たちは心から尊敬し、そして今でも「戦友」だと思っています。特に牛来代表には感謝しかありません。


2002年1月

メルマガ「つねぞうの知って得する!法律講座」配信開始

読者数2,000名を超える。読者数2,000名にも関わらず、方向性が違うと感じ2003年完稿(終了)。 

結果として失敗です。 
行政書士として、個人を対象にサービス提供してゆくのか、ビジネス層を対象とするのか、迷っていた時期です。


2002年6月

有料相談サイト「いい相談どっとねっと」開始。【2006年終了】



ネットで相談すれば封書で回答が届く事業。
恋愛、離婚、ペット等の専門家が参加。相談数500を超える。 
これも、個人かビジネス層か、どっちつかずの展開でした。
相談数は500を超えていますが、事業としては失敗です。【2006年終了】

2003年5月

法律系インターネットサービス「いい遺言どっとねっと」を企画。
企画開発段階で、広島インターネットビジネスソサエティ 優秀ビジネス事例として表彰される。

ちなみにこのビジネスは、資本金300万円の有限会社を作って、その資本金でやりましたが、お金は、まるまる無くなりました。300万円の損失を出して失敗、ですね。

このビジネスはもちろん終了。そして有限会社、休眠・・・


2004年7月

失敗にめげず、一念発起。
広島市中区西白島へ事務所移転
この頃からも事務所運営の厳しさ、難しさを実感する。
私のマネジメントが下手なので、スタッフ離職率、非常に高い状態が続きます。
「組織を大きくすればみんな幸せになる」と思い込んでいた時期です。

2006年7月

当時4名体制でしたが、うち2名が退職。
実務対応が追いつかず、地獄を見ます。


銀行で依頼人さまの「法人実印」を落とし、銀行から依頼人さまへ連絡がゆきます。
なんとか許していただいたのがこの頃ですね。
「1円を稼ぐことの厳しさ」を骨の髄から知ったのも、この頃です。


2008年5月

事務所運営は外からは落ち着いているように見えますが、内側はガタガタ。
そんな中、かねてから考えていた、「行政書士事務所を組織として運営してゆくこと」を実践してゆくため、事務所名を「ひろしま中央行政書士事務所」へ変更
=事務所名から、個人名を抜いたということですね。

この頃も「拡大すればみんなが幸せになる」と考えている頃です

2010年9月

約10年、七転び八起きで事務所をやってきて、行政書士という業界の「運営」という面での遅れを実感。時代の早さと合っていないと感じました。わたしの失敗と克服が、新規開業する方の役に立てばと思い、何かを出したいと願っていました。わたしの心の整理整頓の意味もあります。

そんな折、アプリ開発会社さんと協議し、電子書籍の出版が決定。

実務の合間に原稿執筆。
編集者さんにダメ出しもらいながら、何とか完稿。

2010年9月、アップル社の承認を得ることもでき、発売開始。
(2013年販売終了しています)


↑↑約3年間販売し、内容が業界の流れと合わなくなってきました。アップデートする労力の投資ができなかったため、販売を終了しました。2013年のことです。
3年間で、約500部以上、購入いただきました。ありがとうございます。
iOSのiPhoneのみ対応、という電子書籍では、異例の販売数だそうです。でも、アプリ制作会社さん、編集者さんへの委託料を差し引くと、5万円くらいの赤字です(T_T)


2011年8月

その頃、クラウドサービスの利便性の高さに注目し、GoogleAppsを活用していました。

なぜか、Google社から声をかけてもらい・・・

Google社 GoogleApps成功事例として掲載される。

しかしながら、事務所内部のガタガタは継続中。
自分自身について、事業体の内側を固める能力の低さを体の芯から思い知る。 =自社についてのマネジメント能力のなさ。

2011年12

ウェブ解析士(初級)取得。

2012年3月

わたし自身の経営能力の低さを何とかしようと、「士業経営勉強会」を立ち上げ
弁護士、税理士等の異なる士業の経営者との情報交換を盛んにする。

一定期間運営したのち、保険会社、ウェブサイト制作会社にその運営を移管いたしました。現在、活動は終了しています。

2012年10月

ひろしま中央行政書士事務所を【行政書士法人 Asumia】へ法人化
意味は、関わる皆さんと共に「明日を見すえて歩んでゆきたい」=明日見歩。
この当時、広島県内に行政書士法人は2つのみでした。

2013年4月

何度目かの挫折。事業の方向性を変えるくらい大きなものでした。

拡大志向の限界です。
この頃、拡大志向ゆえに中堅・大手企業さまからのご依頼が多くしており、慢性的な赤字に苦しんでいました。
CMで流れるような企業さまからの契約をいただいて、所長としては嬉しかったですが、経営的には愚策です。事務所の実力が足りない状態で中堅・大手企業さまをお手伝いするべきではありませんでした。

そんな中、日本政策金融公庫から、融資を断られました

「一度断られたくらいでどうした!?」と思う方がおられるかもしれませんが、いろいろ考えた結果、「あんたはダメ経営者だよと言われた」と捉えました。

ともかく「拡大すれば皆が幸せになる」という志向を見事に打ち砕かれたことになります。(自分の中では)

倒産の危機に陥りますが、何とか持ちこたえます。

断りの文書がこれです ↓


この文書は、今でもデスク近くに貼って、教訓にしています。
ここから「拡大を前提とした事業ではなく、適正な規模、適正な利益を前提とした事業」に移行してゆくことになります。

2013年4月

行政書士法人Asumia 東広島支店 開設。 ※この支店は実務機能は持ちますが、来客応対機能は持ちません。

この頃、自分が企画や事業体の外向けの活動が得意(それしかできない)ことにやっと気づくことになりました。
内側を固めることをもうひとりの役員に任せる方向へ進みます

2013年4月
※グループについて

専門家ネットワーク あすみあグループ発足

広島、岡山、島根の行政書士、司法書士と共にグループ化。
※事業体、財務、情報管理は別々です。

企画した張本人でもあったので、グループ代表に就任

現在のグループ全容はこちらをごらんください ↓
あすみあグループ サイトはこちら(新しいタブ)

2013年5月

中国五県の行政書士では初めて「電子決算公告サービス」を開始。

事業化を目指しましたが、結果、撤退しました。失敗です

2013年9月

中小企業庁「ミラサポ」の登録専門家として承認される。

2014年4月

思い切って事務所移転。(広島市東区光町2丁目6番41号へ)

依頼人さまにとっての「便利とは?」を考え、思い切って、広島駅新幹線口交差点から徒歩5分の場所に事務所を置きました。同じフロアに、あすみあグループのうち、税理士1、司法書士1、土地家屋調査士事務所1も入ったオフィスです。

グループの本部として、ハブの機能も持ちます。

参考)移転の際に掲載いただいた経済誌の記事です。

2014年4月

事務所運営についてずっと考えた結果、新規顧客について、ご依頼前と後とを分けて専門特化する考え方に舵を切りました。=ビジネス界では「製版分離」と呼ばれることがあります。
行政書士法人の二人の登録行政書士のうち、わたしがご依頼をお受けする「前」に特化し、もう一人がご依頼を受けた「あと」に特化する方向性へ舵を切りました。


2015年7月

情報処理技術者試験 ITパスポート 合格

2016年1月

ビジネス実務法務検定 2級、3級合格


2017年2月

歴史好きがこうじて、三国志学会 正会員となりました。

2017年6月

心理系の知識は人生全般で役立つと思い、メンタル心理カウンセラーという資格を取得しました。


2018年10月

当事務所で直接お手伝いしていた会計記帳代行について、あすみあグループ内に「あすみあ経理・会計記帳代行合同会社」を設立。会計記帳代行業務は、当該会社で担当することになりました代表は倉本さんという人で、ほんといい方です

2020年9月(個人)

行政書士法人代表とは別で、【複業】として個人事業を開始。行政書士法人とは全く別です。
個人事業では、行政書士にかぎらず、いくつか事業を行っています。個人投資家としても活動しています。
いわゆる士業に適切なLINEスタンプが無かったのでリリースしました。
↓ ↓ ↓
法律・会計・労務専門職向けLINEスタンプ
法律、会計、労務専門職がLINEでやり取りすることになった時に使えるスタンプです(^^)
私も士業の端くれですので、自分ならこういうの使いたい、を考えてリリースしました。
損益分岐の販売数は、600個! いつ届くのやら…。
使えるスタンプがありましたらどうぞ、崎田をお救いください。
男性バージョン:法律会計労務専門家 便利スタンプ 男性版(新しいタブまたはLINEアプリが開きます)
女性バージョン:法律会計労務専門家 便利スタンプ 女性版(〃)

2020年10月(個人)

複業の個人事業で、初めて土地を買ってみました。広島県廿日市市の中心部から車で20分程度の位置にある更地です。
都市計画法の用途地域の中の第一種住居地域です。約300平米。
ご高齢の古い知己から譲っていただきました。これからどうするか、考え中です(^_^;)

2021年11月(個人)

複業の個人事業で、心理効果・法則が網羅されたマウスパッドと下敷きをリリースしました。
心理効果・法則はその多くが偉い学者さんたちが実験をもとに残してくれた遺産ですが、ビジネスの場で活用できないか、と考えて制作したツールになります。
販売は、CAMPFIREというクラウドファンディングサイトでのリリースでした。
現在、販売期間が満了していますが、ショッピングサイトを立ち上げる等して、販売する準備をしています。


2021年12月

行政書士法人内の私の役割、今後の生き方など考えて、行政書士法人Asumiaを後進に任せ、代表社員を退任しました
新たに「あすみあ創業サポート行政書士事務所」を設立しました。ここで48歳。再スタートです。

現在

以上で理解いただけると思いますが、「挑戦と失敗、克服」を繰り返してきています。後半はうまくいっているようにお感じになるかもしれませんが、日々小さな失敗は起きています。実務では失敗は許されませんが、自社の経営面では「挑戦・失敗・克服」の繰り返しです。「いわゆる行政書士」の事業展開としてはかなりレアかと思います(-_-;)

わたしにスーッと入ってくる言葉があります。

やった後悔よりもやらなかった後悔のほうが大きい

ボストン大学での心理実験にもとづく心理効果の一つといえます。
上のプロフィールのとおり、やりたいと思ったことを実際にやって失敗するケースが多いです。ただ、やった結果、後悔することもありますが、一つひとつの経験が肉になり骨になっています。もしやらなかったら後悔は大きかったと思います。

もう一つ、元大リーガー イチロー選手の言葉です。
僕は決して『打率4割』とは言わないんです。6割の失敗は許してやるわ、と。いつもそう言っているんです

私と同い年なのにほんとすごいなと思いますね。
これからも、致命傷にならないようにリスク管理しながら、挑戦はしてゆきたいと思っています。

追記です。

性格

性格について。

・立ち上げ屋。
・立ち上げた後のきめ細かい運営が苦手。
・自分でリスクを背負って事業している人が好き。
・子供が好き。
・人と連携してお仕事するのが好き。
・マーケティング、企画が好き。
・ITが好き。
・新しいことをする人が好き。
・カキの名産地、広島に住みながら、カキが嫌い。

未来

これから起業したい、ずっと頑張ってきた個人事業を法人化したい、という人のお手伝いをしてゆきたいと思います。他にもいろいろとやりたいと思います。

未来(もっと先)

・年老いて引退した時、一ヶ月に一回くらい子供と孫が来てくれて、鍋をつつきながら、笑いながら食事すること。

・自分の葬式が晴れやかなものになること。人数は少なくてもいいので、普段着で、心から想ってくれる方が参列してくれて、読経の時だけ泣いて、それ以外は笑顔で過ごすものとなること。

・わたしの迷いの多い、七転び八起きな人生であっても、ほんの少しでも、のちの人の参考になること。

趣味

・個人投資家としての活動
経営者で多いのが「事業が一番。自分は二の次。自分の所得を増やすなら、事業の運転資金にしたい」という人。私がまさにそうでした。
45歳になるまで、老後なんて考えなかったので、ふと気づくと自分の資産がほとんどないことに気づきました。だから、自分自身の資産の構築を目指すようになりました。
現在、投資しているのは、投資信託(積立NISA、iDeco、個別銘柄)、不動産、暗号資産です。暗号資産は時価総額30位以内を中心に投資しています。

私は、中小零細の経営者・事業主の収入というのは「労働収入(経営者としての仕事をした結果の収入)」と「資産収入」、2つに分かれると思っており、一日も早く、2つを並行して安定稼働させることが必須と考えています。
そのうちの資産収入を確立するための手段としての活動ですね。

また、ちょっとうがった見方かもしれませんけども、世の中は、頭のいい人たちの作った仕組みの中で動いていて、何も考えなければ、かなりの損や遠回りをすることになると思っています。たぶん、思考停止してると取り残されます。

そんな中で「お金を運用してお金を生み出す」という行動は、頭のいい人たちの作った仕組みの「外」で行えることが多くて、好きです。
まれに、講師としてオンラインセミナーをしたり、動画配信をしています。


・歴史

かなり好きです。歴史は進んだ現代では応用できないって考えもありますが私はそうは思いません。技術が進もうとどうしようと、人間の営みには違いはありません。
日本、世界の歴史どちらも好きですが、三国志はもっと好きです。
上でも出てきましたが、現在、三国志学会 会員でもあります。

好きな本

・吉川栄治「三国志」 

・小倉広「任せる技術」

・ひとり社長の稼ぎ方・仕事のやり方 

・一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学 

・社員ゼロ! 会社は「1人」で経営しなさい

スポーツ経験

水泳、サッカー、テニス(軟式)

役職、所属

あすみあ創業サポート行政書士事務所 代表
行政書士法人 Asumia 会長(行政書士登録は上記の行政書士事務所です)
一般社団法人あすみあグループ 理事

Quara(実名制Q&Aサービス)回答者
Tiktokチャンネル 前向きに歳を重ねたいあなたのための智慧チャンネル主
Youtubeチャンネル【社長成幸論(経営者成幸論)】 チャンネル主
心理マーケティング協会発起人、理事
全国行政書士法人会 理事、事務局長

著作権登録相談員(日本行政書士連合会)登録。

広島県行政書士会 会員

広島商工会議所 会員

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